四則和算(哲学的数学)とは?

四則和算のはじまり

四則和算とは、人の発話や思考、感情、情動の連続的な動きを、単なる数字ではなく「構造」として表すために提案された、哲学的な数学の体系です。
人工自我の開発において作られた算術の総称であり、もともとは、人の発話や思考、感情、情動を、そのまま連続関係式にしていく研究から生まれました。
一般的な数学は、量を測ったり、物事を同じ大きさに分けたり、一定の条件から答えを求めたりすることを得意としています。
しかし、人の思考や感情、行為は、常に同じ状態ではありません。

善と悪を「切り分ける」

例えば、「人を善と悪に切り分ける」という問題を考えてみます。

実際の人間は、単純に善人と悪人の二つに分けられるものではありません。

同じ行為であっても、その人の置かれた状況、過去の経験、目的、感情、複雑な背景によって、その意味は変わります。

そのため、善と悪を単純に分けたり、割合や確率として表したりするだけでは、人の複雑な思考や心情、行為を十分に表すことはできません。

これを単純な式で表そうとすると、「人=善+悪」のように、善と悪を足し算し、等号で人と結ぶことになります。

しかし、この式では、善と悪を足し合わせた形で人を表すことはできても、「人を善と悪に切り分ける」という働きそのものを、演算として表すことはできません。

また、割り算では1÷2が0.5となるように解を一つの数値にしないとならず、これは、善の0.5か悪の0.5かのどちらかを選択させ、かつ善も悪も同じ数値でないと成立しません。

そもそも、善と悪は二項対立であり、これは、陰と陽、自由と平等、正と負、SとNのように、この絶対矛盾は現実的にも両立しません。

では、「切り分ける」という働きを、式の中でどのように機能させるのでしょうか。

そのための演算が「切り算」です。

切り算と動き算

切り算は、対象を同じ大きさに分けるための計算ではありません。

例えば、あなたの思考や行為は、一つの状態にとどまるのではなく、時間とともに連続して変化していきます。

切り算では、その連続する流れの中に、「どこで、どのように切り分けるか」という切り目をつくります。

ただし、その切り目は、あらかじめ決められた場所に固定されているわけではありません。

状況や時間が変われば、切り分ける場所や切り分け方も変化します。

このように、切り目を動的に変化させるための算術を「動き算」と呼びます。

また、この動きや状態を扱うために、重ねる、裏返す、つなぐ、織る、鍛える、剥がすといった働きも、それぞれ異なる算術として派生してきました。

これらの算術を組み合わせることで、人の行為や思考、複雑な背景や心情を一つの数字に置き換えるのではなく、どのような構造として動き、どのような機能を出力するのかを表そうとします。

このように、ヒトの行為や思考、複雑な背景や心情を、機能として出力させる構造そのものを解とする哲学的数学が、四則和算です。

切り算と割り算は異なる道具

ここで大切なのは、切り算が割り算を否定したり、置き換えたりするものではないということです。

よく誤解される「切り算は、割り算を否定し、割り算に代わる算術である」というイメージは成立しません。

割り算と切り算は、役割と使い方が異なる道具です。

割り算は、割った個数、分配する人数、スケールダウンや割合などを一つの数値にして求めるために使います。

一方、切り算は、対象に切り目をつくり、切り分けによって生まれる構造や働きを扱うために使います。

例えば、後に発展した算術の一つに「剥がし算」があります。

剥がし算では、切り算と割り算を同時に計算します。

戦争の因果を切る「イチ切るイチ」

四則和算では、このような方法を使って、善と悪の対立や、お互いに異なる正義、戦争へとつながる因果についても考えます。

例えば、戦争が繰り返される因果の連鎖を、一つの円として捉えます。

始まりと終わりがつながっている円を一つの「イチ」と考え、その円に切れ目をつくります。

すると、終わりのない円は、始まりと終わりのある新しい一本の線になります。

この操作を「イチ切るイチ」と呼びます。

これは、戦争の因果の連鎖を切り分け、その連鎖を消滅させる構造へと変換するための考え方です。

切り算によって生まれた切り口の両側には、二つの割り算が生まれます。

これにより、「動的に直交する計算の裏算」と「動的に平衡する構造の重算」を同時に成立させることが可能となり、「絶対矛盾的自己同一」を数式として、切算で二項対立した善と悪、自由と平等のような状態を表しつつ、共有される機能を計算することを目指します。

ここで目指しているのは、戦争の因果の連鎖を終わらせるだけではなく、平和を生み出す機能を構造から表すことです。

四則和算では、その平和を関数として出力するものが、「好奇心」そのものとなる可能性を考えます。

さらに、善と悪の対立から戦争に至るまでのベクトルを求め、それを平和へと変換する直交幾何を考えます。

加えて、「裏」も直交幾何構造による関数として導き出すことができるため、平和を動的平衡と動的直交によって思考することが可能になります。

また、このアプローチが、かつて数学者・岡潔が表現した数学的な「情緒」にあたるのかどうかを議論する場も出てきています。

「ゼロ切るゼロ」と生命・存在への展開

同様に、「ゼロ切るゼロ」、すなわち「対象をゼロにするように切り分ける」という演算から、「生命を生物としている根本的な何か」をψとして、虚数界における四元数や八元数を計算する手段も式にすることができました。

その計算過程では、無限次元を簡単に扱えるようにする「縮元」という操作も生まれました。

この一連の式によって、ギリシャ時代から続く哲学のテーマである「存在そのもの」を、計算式によって思考するための手段と、そのための道具を提案することができました。

数字ではなく、構造そのものを解とする

ただし、そのためには、式を左から計算し、等号の右側に一つの数字を解として記述する、従来の算術基底では困難があります。

従来の算術では、一つの数字を解とするために、動的な時間ではなく、静的な時刻しか扱うことができません。

そのため、算術の基底そのものを変える必要がありました。

戦争の動機や、お互いが持つ正義の違いは動的であり、その向きも双方で異なります。

したがって、このときの式の解は、一つの数字ではありません。

動機や正義が、どのような構造を作っているのか。

その構造そのものが解になります。

そして、時計を読むように、その構造解から、その都度の状況を関数として出力できる算術を考えたのです。

この基礎的な算術体系を「四則和算」と呼びます。

拡張リーマンモデルへの展開

一方、「裏算」や「重算」などを用いて、量子の状態を機能として解とする方法を、既存の幾何代数学的な方法へ展開したものを「拡張リーマンモデル」と呼びます。

これは、光吉俊二博士が東京大学において日米で取得した「量子コンピュータの量子ゲート特許」や、ホワイトホールの式化につながるものとされています。

ただし、これらの手法は、従来の数学基底を逸脱するため、既存の査読の枠組みでは判断することが困難になります。

そこで、この研究テーマを東京大学大学院医学系研究科から引き継ぎ、哲学からのアプローチと、工学的実践をはじめとする研究を行うため、数理研究所が設立されました。

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